10年以上前の話だ。僕はその時、彼女とコーヒーでも飲もうとどこにでもあるようなセルフサービスのカフェに入った。片足ののない男が、カフェの隅に座っていた。チラッと男を見た時、確か一瞬目があった。僕らがコーヒーを注文していると、杖をカツカツと鳴らして男が近づき「ここは私が払おう」と唐突に言った。僕らが呆気にとられていたので、店員は「お知り合いですか?」と聞いた。僕が「いいえ」と答え、片足の男に「結構ですんで」と、やんわり断りを入れると、男は「気にするな。黙っててやるから」と囁いた。気味が悪くなって、僕らはそのまま店を出た。
「身に覚えのないことでも、ゆすりの類いには出会いたくない。身に覚えがあればなおさらだ」
悪いことは大してしていないつもりだが、僕はまた、街角で片足の男に会うのではないかと、少しだけ怯えている。―――青木豪
SPACE雑遊
2008/9/23(火)日~28日(日)
川崎アートセンター アルテリオ小劇場
2008/9/30(火)